神都麦酒 PREMIUM
伊勢角屋麦酒ファンの皆様
こんにちは。伊勢角屋麦酒社長の鈴木成宗です。日頃のご愛顧に心から感謝申し上げます。
さて、古くからの伊勢角屋麦酒ファンの方々はよくご存じだと思いますが、伊勢角屋麦酒には神都麦酒PLEMIUMという長期熟成のハイアルコールビールがあります。この神都麦酒PLEMIUMができた経緯を今一度皆様にお伝えしたいと思います。
ご参照ください https://www.biyagura.jp/ec/products/261
1997年に当社がビール造りを始めた際、明治期に伊勢に存在した「神都麦酒」の復刻がテーマでした。当時はあまり知られていなかったのですが、実は明治の初期には、全国でビールブームが起き、各地にビールメーカーができました。「神都麦酒」もそうしたビールのひとつで、伊勢の河崎にあった材木商の方がはじめたとされていますが、当時のほかの多くのビールメーカー同様にわずか10年余りで廃業してしまったようで、一部からは幻のビールと呼ばれていました。私たち伊勢の地にあっても、ごく一部の郷土史家が名前を記憶していた程度で、記録らしいものは一切みつけることができませんでした。八方手を尽くして、ようやく大手ビールメーカーの資料室にラベルが保存されていることがわかり、ラベルの画像データを手に入れることができました。
そのラベルに書いてあったPALE ALEという文字から、かつての「神都麦酒」がPale Aleであったということはわかったものの、それ以外の一切の情報はなく、まさに幻のビールでした。
「神都麦酒」復刻にあたり、この名前を今一度よみがえらせ、伊勢の名物にまで育てたいと考え、現代的なアメリカンペールエールを常温流通を可能にするためろ過・熱殺菌を行ったうえで、利便性を考え缶入りで発売しました。これは幾多の紆余曲折はあったものの当初の計画通り、今や伊勢志摩の名物として定着しており、明治期に「神都麦酒」を作って見えた方々にも、ご報告できると思っています。
しかし、一方で、明治の時代考証を行えば、当時は缶はなく、もちろんろ過や熱殺菌の技術もなく、そして、おそらくPale Aleといってもアメリカンタイプではなく、伝統的なイングリッシュタイプであろうと容易に察しがついていて、昔の「神都麦酒」の思いをもうすこし体現したい。できれば、そのスタイルのまま発展させて、より素晴らしい神都麦酒を生み出したいという思いは、心の中にずっと残っていました。
実は、缶入りの神都麦酒を発売する前に、今の神都麦酒PREMIUMの原型になるイングリッシュタイプの神都麦酒を作り、瓶で発売したことが何度かありました。しかし、現代風でないこのビールは市場ではあまり評価されることはなく、私の中ではいつまでもプロトタイプの域を出ませんでした。
缶入りの「神都麦酒」で、はじめて「神都麦酒」の市場への定着が成功したと感じた頃、あらためて、イングリッシュタイプの神都麦酒をやってみようと思い、すでに流通している「神都麦酒」と区別をするためPREMIUMをつけて発売することにしました。
コンセプトは、1.伝統的なイングリッシュタイプとする。2.ろ過も熱殺菌もせず、それでいて常温流通ができるようにする。それは、すなわち、明治期の設備でもつくることができ、当時の流通にのせることができるということです。3.それでいて、現代でも通用するものであること。4.できれば、特別な時にのんでいただける特別なビールであること。5.何よりも、明治の初期に神都麦酒を作っていた方々に、このビールではどうでしょうかと飲んでいただくことができるものであること。
そうしたことをあれこれ考え、イングリッシュタイプながら、ハイアルコールで瓶内醗酵と瓶内熟成をかけることで、長期の常温流通に耐えうるものにしようと決めました。アルコール度数を上げることで、微生物耐性が上がります。また、瓶内発酵を促すことでビール内の溶存酸素量を下げ、ビールの酸化を防ぐことが可能になります。しかし、この長期熟成には、大きな関門があります。それは、通常のビールに比べて微生物学的な安全性を格段に高めないといけないということです。通常のビールであれば、仮にごくわずかの空気中の浮遊菌がビールの入ったとしても、わずか数か月の賞味期限のうちでは増殖の間がなく、ほとんど検知できないレベルの菌体しかビールに内には存在しません。もちろん、ビールを飲まれた方の健康への影響もありません。しかし、長期熟成でかつ一度瓶内発酵をさせる神都麦酒PREMIUMでは、一般のビールでは影響を及ぼさない程度の菌体数の混入でも、増殖できる条件がそろっているため、菌体の混入が許されません。一方で、瓶内発酵を促すためにビール酵母は一定数ビール内に残す必要がありますが、これも多すぎると酵母臭をビールにつける原因になり、精緻なコントロールが必要です。こうした多くのハードルを乗り越えてできた神都麦酒PREMIUMは当初は3か月程度熟成したものを発売しておりましたが、品質管理技術の向上に伴い、一年熟成、そしてのちには三年熟成という長期熟成酒まで自信をもって出荷できるようになってまいりました。
ビールは一般的には、科学的な計算により出来上がりの酒質を計算しやすいアルコール飲料です。それは、一つは、原料が限られていること、単行副醗酵という計算しやすい発酵形態をとること、主原料の麦芽の品質が安定していること、純粋培養された酵母を使用することなどがありますが、短期間の発酵と熟成期間であることも理由の一つです。長期熟成酒は、この短期間というビールのもつメリットをひとつあえて放棄することになります。一方で、本当にいい酒質のビールの熟成をかけることができると、私たちが想像もしなかったような複雑な香気特性・味覚特性を与えてくれます。これは、きっとウイスキーやブランデーなどの熟成に通じるところがあるのでしょう。ビール造りをしながらこうした他のアルコール飲料の作り手さんたちと同じ楽しみを味わえるのは、本当に幸せなことです。